富士山とのであい
Mt. Fuji which anyone of the Japanese loves and makes an authority in the heart
Mt. Fuji of this beautiful appearance is the important fortune where to tell to the children of the next generation is made.
私が富士山に登りはじめたのは1996年からです。
肺癌にかかり11時間にも及ぶ大手術の結果、右の肺を全部削除しました。担当の医者から『手術は成功しました。』
『あなたの肺は健康です。これからはあなたの左肺をいじめぬいて抜いてください・・・・。』
『それが健常者と同じ生活ができるようになる道です。』
退院した頃は100m歩いても息ができなないくらい辛かったのです.
1年目には普通に歩く程度の運動ならばできるようになりました。
この頃から『死ぬまでに一度は富士山に登ってみたいなあ。』
そんな思いから五合目まで車で行き,宝永山の火口までの約1kmに挑戦したところ、気圧は低いし、酸素が薄いことから半分も歩かない所でリタイヤ。
もともと好奇心の強い『私はどうしても火口をこの目で見たい』と何度か挑戦。
普通の人なら40分でいけるところを2時間もかかってしまいました。そうなると今度は7合目、8合目、頂上が目標になり、暇があるたびに富士山に行き挑戦しました。それから2年後やっとの思いで頂上に立つことができたのです。
このときは五合目から頂上まで9時間くらいかかったと思います。
頂上に立ったときには『やったんだ!!』という感動で涙が溢れ出し止まりまりませんでした。
周りに人から見るとたかが富士山くらいで何を感動してるのかと滑稽に見えたかもしれませんね。
そのときの感動を忘れないために今でも1年に一回だけ頂上を目指します。以来、富士山大好き人間になったのです。
富士山は第二の恋人です。(もちろん第一は家内です。)
It introduces the happening which occurs with the personal appearance of us such as the delightful topic which occurs in the one of the life in every day, the mysterious talking.Don't you, too, have such a small case

富士山に行こうにかえる
Mt. Fuji is the heart of the person in Japan.
It will go to Mt. Fuji.