ーはじめにー

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今から数年前のお話です。
恒例になっている人間ドックを受けに行きました。
検査終了後担当の先生から説明があり、「山本さんは健康ですね。この年でどこも悪くないなんて珍しいですよ」と言われたが、体には自信のある私にはごくあたりまえの結果だ。
ところがしばらくして病院から電話があり、「肺の裏に影があるようなので念のためもう一回写真を撮りたい」というのです。
再検査の結果、「人間ドックではよくわからないので大きな大学病院でちゃんと見てもらってください」とのこと。
紹介状と写真をもって近所の大学病院に行って来ました。
しかし、大学病院でも結果は同じで、脂肪かもしれないし、ゴミかもしれないのでしばらくは毎日検査するととのことだ。
本来ならば検査入院するのが一番だが、ベットの空ががないことから毎日通院することになった。
検査は朝から晩まで続き、毎回も同じことのくりかえしにうんざり。
あまりのストレスに一週間の通院で3Kgくらい体重が減ってしまった。
そんなある日の真夜中に「ベットがあいたので入院してください」との電話があった。
次の日、入院の手続きを終えると看護婦さんから「あさって朝8時から手術を行なう」と説明を受けた。
ずいぶん急な話だが仕方がなかった。病名は担当医から直接説明があると言う。
手術といっても脂肪やゴミの除去になぜそんなに急ぐのだろうか?その時どうもただ事でないのではと悟ったのです。
病名を聞いても担当の医者はのらりくらりと答えて、はっきり教えてくれない。
しかし、看護婦さんや家族の対応からもう命が短いのかもしれないことが分かってきた。
当日、手術は朝から始まり12時間に及ぶ大手術で右肺の摘出した。
その後リハビリも順調に進み、手術から2週間後「癌だった」ことを初めて知らされた。
一ヶ月後に退院、そのとき担当の医者から「手術は成功しました。後は残った肺をいじめ抜いてください。そうすると残された肺は二個分働きます」とのことだ。
「でも成功といっても肺癌ならばきっと死ぬだろうなあ・・・・」
「どうせ死ぬなら一度だけ富士山に登ってみたい」との思いから富士山を目指すことにした。。
いざ登ろうと五合目の登山口に立ち、しばらく歩くと病み上がりと右の肺がないこともあってめちゃくちゃ苦しい。
苦しくて息ができない、気が遠くなる・・・・
そんなことから何回も挫折を繰り返し,二年後やっとの頂上たつことができました。
そのときの感動が現在の私の「富士の病(不治の病)」の源なのです。
今の私の健康は富士山のおかげです。毎年2回頂上の浅間神社にお礼参りに出かけます。


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